2014年10月3日金曜日

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犬は吠えても、時は過ぎてゆく。スーパーのレジで支払いを済ませた。さて、これらで今日の晩飯を作ろう。袋に詰めていると。前を、買い物袋を下げて足早に立ち去る老婦人がいる。同級生の「吉田」に似ているな、イヤハヤよく似た人物は居るものだと感心した。車に乗りエンジンを掛けながらフトひらめいた、そして、確信した。「あれは吉田なんだ!」。歳60過ぎの老婦人は即ち同級生に他ならない。吉田も家族のための菜を購入し急いで帰って晩飯を作るのであろうか。よく似た爺さんが居る事よ?と彼女も思ったのであろうか。犬は吠えても、時は過ぎてゆく。彼女の作る所の晩餐が次の世代を育む菜であることを祈る。


犬は吠えても、季節はめぐる。朝は寒いくらい空気だ。部屋に電気(湯沸かし)ポットを持ち込んで急須でもって茶をいれた。日に照らされた茶碗の表面にゆっくりと湯気が舞っている。夏であれば見たくもない景色だけれど、今はなんだか好ましい。犬は吠えても、季節はめぐる。


[交差点で青信号待をしていたら、ドンと後ろからぶつかって来た。嫌がらせにしてはやり過ぎだぞ!と思った。けど、これがりっぱな「交通事故」だった。相手はクラウン。並んで止まっていた車が動き出したので自分も発進した、とクラウンおじさんは言う。どうやらこのリアリティは「嫌がらせ」ではないらしい。路肩に寄せた車の後ろを見ればナンバープレートがかわいそうな具合に曲がっている。一方、クラウンの前はと見れば「はて?何か問題でも??」みたいになんともない。クラウンおじさんの言う事には「クラウンはフレームが特別に丈夫」らしい。ぶつけた直後の興奮からかこの御仁、饒舌だ。自由に何処にでも行ける車が、必ずしも完全ではないヒトの操縦に任せられているのであるから「ぶつける・ぶつけられる」ことは日常茶飯時と思っていた方が良かろう。さて饒舌クラウンおじさん、「半年前に追突されまして、まだ首の治療に通ってます」だって。見れば首の後ろにシップみたいなものを張っている。さて、事故証明も貰い、互いの住所、保険屋を確認した後。別れ際に「お大事に」と言った私の神経の有り様はどうなっているのだろうか。次は私がぶつける番。でなければよいのだけれど。]と書いたのが831日。保険会社から今日、922日、修理に掛かった費用が知らされた。車修理30万・レンタカー代金10万。計40万。保険会社が負担するにせよ事故が「無かったこと」にするためにこれだけのお金が掛かることを高いと思うか安いと思うかそれはヒト夫々だろう。私はその金額に驚いた。3.11の原発事故を「無かったこと」にする費用はおそらくどんな豊かなクニも払うことは出来ないだろう。神ならぬ此の身、事故を起こさぬ事が肝要であろう。


夜のことだ、座机のスタンドライトを何気なく見れば、てっぺんに大ぶりのカマキリが乗っている。網戸は閉めているのに何処から入ったものだろうか。思案はソコソコにしておいて出てってもらうことにした。しかし、彼?は蟷螂の斧を振り立てて抵抗する。なんとかタオルに包んで網戸を開けて外に放った「コガネムシ投げ打つ闇の深さかな」(高浜虚子)だ。ところが話はここで終わらない、一周して舞い戻った彼はまた部屋中を飛び回る。出てって!イヤダ!出てって!いやだ!繰り返すこと数度。コレでは歴史に残るような句は出来そうもない。おまけに閉め忘れた網戸から侵入した蚊に刺されること数カ所。虚子も又蚊に刺されたのだろうか。



細い骨格が触られた。その上を覆う母そっくりの毛並みは見た目よりも硬い手触りだ。母猫より他の者が触っているを子猫は気付いて、飛び退けて少しく離れた所から私を見ている。半ノラになった(元)飼い猫が子猫を連れて(里帰り?)来た。ステンレスのボールに牛乳を注いで出すと親子で飲み始める。無防備の背中に触ってみた。「生存するために必要とするもの以外には近づかぬ。と、いう掟が猫にもあるらしい。」イノチって不思議だな。ネコをさんざん飼ってきたけれど「気のいい」(性格のいい?)ネコほど短命な運命になることを私は知っている。